2019年5月25日土曜日

求法 (一)

入学式は IE Business School の学部があるセゴビアの校舎で行われた. IE Business School は,組織上は, IE University という大学の経営大学院という位置づけになっている.セゴビアはマドリードから約1時間ほどの場所にあり,世界遺産であるローマ時代の水道橋で名高い.今となっては笑い話だが,マドリードの中心部にある IE Business School のキャンパスからセゴビアまでの移動はバスで行われたが,私が乗っているバスがセゴビア市内で接触事故を起こすということがあった.いやはや,実にスペインらしい話である.

セゴビアの IE University のキャンパスは,中世の僧院を改装したもので,率直に言って学び舎としてこれほどのものはなかなか見つけることができないと思われるものである.入学式が行われた聖堂は,コロンブスが2回目の航海をイザベル1世から命じられたという場所であるらしく,入学式のスピーチは,この場所ほど, MBA という「航海」に出る君たちにとってふさわしい場所はない,というものだった.

入学式を終えるとまずクラス (Section) が分けられる.私は Section 3 だった. Section 3 はなかなか仲のよいクラスで,他のクラスではずいぶん険悪な雰囲気なところもあったようだ.今だに WhatsApp 等でクラスメイトの誕生日の度にお祝いのメッセージが流れ,クラスメイトから近況の update がある.

クラスの中では更に7人から8人で構成される Group が編成される. Group は学期 (Term) ごとに変わる. Term 1 の Group のメンバーは素晴らしい人々で,この Group は生涯の友人となる人々だった.何人か紹介してみたい.

  • Pablo はイタリア系移民のアルゼンチン人で,ニューヨークの弁護士事務所に務めていた弁護士だが,弁護士業に嫌気がさして MBA にやってきたということだった.リーダーシップがあり,さすがに法曹として働いていただけあり格調の高い英語を書くことができた.彼の添削にはレポート作成の際にずいぶん助けられた.

  • Carin はキューバ系移民のアメリカ人で,とにかく明るい性格であり,グループのムードメーカーであった.困難な課題にグループとして取り組んでいるときにも明るさを失わず,その性格にはずいぶん助けられたように思う.

  • Louise はカナダ出身のコンサルタントで,非常に聡明なチームメイトの一人だった.彼女とは後述する Financial Accounting で一緒にレポートを書いたが,彼女の英語能力と論理的な文章作成能力は素晴らしいものがあった.

MBA での講義はとにかく楽しかった.久々に学生に戻ったが,これからも継続的に機会を見つけて学生に戻り,勉強に専念する時間を持ちたいと思っている. Term 1 での講義は必修科目であり,その内容についていくつか述べてみたい.

Innovation in a Digital World

IE らしい講義なのだと思うが,現代的な技術の様々な分野への応用について学ぶ講義だった. Big Data や, Digital Transformation , Digital Marketing などのトピックが扱われた.なかなか面白い講義だったと思うし,技術的な背景を持っている自分には与しやすい講義であった.

Financial Accounting

いわゆる会計の講義で,財務諸表を読み解けること,そこから企業の性質を適切に解釈できること,また作成できることが目標となる.基本的には暗記が重要な性質の講義だと感じたが,社債の計算などは漸化式などが現れ,なかなか楽しめた.チームメイトと一緒に ZARA を運営する Inditex や Nike などの財務諸表を分析していたが,様々な知見が得られ,非常に有益な講義であった.

Managerial Decision Making

「意思決定」という名前の講義ではあるが,要は MBA に必要不可欠である統計や確率に関する講義で, Excel のソルバを使った資源の最適配分や期待値に基づく意思決定なども含まれる.私に取っては極めて身近な内容の講義で,さすがに成績はクラスで一番であった.いわゆる文系の学生はだいぶ苦労していたようで,私がいろいろと授業外の時間にチームメイトに教えていた.

Managerial Economics

Micro および Macro Economics の講義で,学部生時代にこの手の講義を取っていたので比較的容易であった.

Marketing Management

マーケティングの講義である.いわゆる Marketing の 4P であるとか,そういった基本的なフレームワークはもちろんのこと,豊富なケースによる講義は非常に勉強になった.マーケティングは実に面白いものだと思う.

Term 1 については,その期間中に米国の大統領選挙があり,トランプ大統領の当選で米国人クラスメイトたちがお通夜状態になっていたことが思い出される.米国外の MBA に行く米国人などは基本的にリベラルで, Carin などは当選の判明した翌日に泣いており,もうアメリカに帰りたくないから私と結婚して日本に住まわせてくれ,と半ば冗談めいて話していた.トランプの当選はそこまでアメリカのリベラル層に取って衝撃的なであるのかと印象に残っている.

Term 2 についてはまた次回に.

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2019年5月12日日曜日

虚往

2016年7月24日,大船駅から成田エクスプレスに乗った.普段は ANA で欧州に渡航しているのだが,今回はお金が惜しく,より安価なエミレーツで成田からドバイ経由の南回りでスペインに渡航することになった.

大船駅まで父と母がわざわざ見送りに来た. MBA に行くにあたってはいくつかの苦労があった.職場が大岡山なので大井町線沿線にマンションを借りて住んでいたが,さすがに一年不在ということであれば一旦解約した方が得策であろうということで,そのマンションの家財,エアコンだの冷蔵庫だのを鎌倉の実家の私の元私室を倉庫代わりに運び込んだ.引越し業者にとっては単に荷物を移動させるだけの案件は珍しいものであったらしく,筋骨逞しい作業員たちもいささか面食らったようであった.

国立大学の現職の大学教員が MBA に行くということ自体が前代未聞であり,どのようなスキームに乗るかというのは MBA 出願前からの大きな懸案であった.よくて休職,最悪退職も覚悟していたが,ボスと当時の部局長の計らいでサバティカルの枠組みに乗せてもらうことができ,大変助かった.本当にありがたいことであった.

しかし,よく考えてみると,当時私のいた部局は全学的な組織改編の只中にあり,私ごときの案件の判断に時間を割けるような状況ではなく,言葉は悪いが半ばどさくさに紛れるような形でサバティカルを取ることになったように思う.ただ,後から聞くところによると新学長は若手が着任1年後にいきなり MBA を取りにサバティカルを取るという無茶苦茶な取り組みをどういうわけか高く評価してくださっているようであり,その点では自部局に多少の恩返しが出来た(?)のではないかと思っている.

日本を発つ時点では現地での住居は決まっていなかった.現地の不動産エージェントと連絡を取り,現地に到着後内見,契約,という段取りであったが,そもそも私はほとんどスペイン語を解せず, MBA の公用語となる英語も何とか MBA 入学に届くという程度であったので,不安は一際であった.

成田空港につくなり,最低限の荷物を詰め込んだスーツケースをカウンターに預け,するすると出国ゲートを抜けた.深夜の,人も少ないレストランでひとまずビールの中ジョッキを片付けて一息ついた.照明がいささか落とされた,暗がりの空港の姿は今だに脳裏に焼き付いている.自分がこれからどうなるのかよくわからなかった.

ふと思い出されたのは河口慧海の『チベット旅行記』で,これは明治期の仏僧が原初の仏典を求めるため単身インド経由でヒマラヤを越え,チベットに密入国するという一種の冒険譚なのだが,超弩級の面白さを持っている.彼ほどの勇気や智恵,意志が自分にはあるとは到底思えなかったが,単身 MBA を取りに渡航する自分は彼の冒険譚を思い,いささか勇気づけられたことが思い出される.

MBA の合格通知を受領してからは,査証の取得やら何やらで大変忙しく,加えていわゆる MBA での同期となる日本人同士の交流会や, MBA 留学生向けの各種催しなどがあり,目の回るような日々であった.一つ印象に残っているのは,同じく IE Business School に入学する同期生の一人に,私がほぼ独学で MBA の受験のための勉強をしてきたことを酒の席でふと伝えたら,彼はひきつった笑みを浮かべながら「狂ってる」と言ったことで,確かに MBA 留学のための予備校などに頼らず,ほぼ独学で英語や GMAT などを突破してきた自分は極めて希少な人間なのかもしれなかった.

その彼は決して悪い人間ではなく,むしろ好漢といってよく, MBA 課程を修了して日本に戻ってきた今でも付き合いがある.彼は,東京大学を出,大手企業から社費で MBA に送り出されたのだから,将来を嘱望される立場にあることは間違いがない.その彼に「狂ってる」と言わしめた自分は確かに少々狂っているのかもしれないと,出発前の成田空港で一人ぼんやりと考えた.河口慧海師の冒険譚も半ば狂人に近いものがあるが,このことが自分の中で連想されたのかもしれない.

成田からドバイの間はほとんど眠っていた.乗機して落ち着くなり,さすがに疲れていたのだと思うが,すぐに眠りに落ちてしまい,12時間程度のフライトの間一度も目が覚めることがなく,結局ドバイ空港に着陸した際の衝撃で寝ぼけ眼で自分がドバイに到着したことに気がついた.ドバイでは4時間ほどのトランジットがあり,その後更に8時間ほどのフライトでマドリードはバラハス空港に到着した.この空港はこの後まるで自分のホームのような気持ちになれる空港になる.

バラハス空港では何はともあれ SIM を買った.これでひとまずの通信環境を確保し,その後タクシーで事前に不動産エージェントと待ち合わせていた場所に向かった.部屋の内見には大家さんである中年のスペイン女性もみえ,3人で一通りの内見を済ませると,さっさと契約をした.大家さんは多少英語を解するので,これには随分と助かった.やはり lingua franca である.

住居を確保してからは,まず通信環境を整えた.月の料金が定額の,ただし容量制限のあるモバイル WiFi ルータを貸与するサービスがあったので,ひとまずこれを契約した.そのうち固定回線に切り替えようと思っていたが,実際には毎日朝早くから夜遅くまで学校で勉強をしていた上,休日も学校で勉強していたので,自宅にいることがほとんどなく,容量制限にひっかかったことは結局一度もなく,修了までこの WiFi ルータを使っていた.

インターネット環境を整えた後は,まず Amazon.es のアカウントを作り,液晶モニタとプリンタ複合機を買った.この後,毎晩夜な夜な財務会計や企業金融の講義の課題で Excel をいじり倒したことを考えると,液晶モニタの購入は特に優れた判断だったと言える.日本からは, MacBook Air と予備として MacBook Pro ,加えて昔から使っているキーボードを1つ持っていった.よく考えると,今この文章を書いているキーボードもずいぶんと世界を巡ったことになる.

その後は居住許可を取る申請のために役所に赴いたり,銀行口座を開設するために予め学校が契約している銀行の支店に赴くなど,諸々の事務処理をこなした.それにしても印象に残っているのは銀行口座の窓口の女性の応対が恐ろしく悪かったことで,客を親の仇か何かと考えているかのような乱雑な応対には怒りを覚える以前に唖然としたことを覚えている.さすがにこれは日本では考えられないことであろう.

9月1日の入学式まで,8月の間,スペイン語圏の外から来た学生のためのスペイン語の講義があった.英語でスペイン語を習うことになるので,よく考えると非母語で更に別の言語を学んだ初めての経験であった.初歩的なものであったが,世界中から来た学生たちと一緒に一つの講義にいきなり放り込まれるので, MBA の本番に向けたいい予行演習ではあった.宿題で “Yo soy...” ("I am..." の意) でいくつか構文を作ってこい,という物があったので,”Yo soy alcohólico" と答えたところ,講師はげらげらと笑い,それこそ survival Spanish だと言うなど,馬鹿げたところもあったが,ユーモアに富んでおり,なかなか楽しめた.

同様の構文を作る課題として,自分は何教徒か,というものがあった.少々細心を要する課題であるような気もしたが,私はひとまず “budista” と答えておいた.前職の頃,職場の近くに住んでいたときには,自宅の近くに天満宮があり,ジョギングの最後によく立ち寄り, MBA の出願に向けて願をかけていた.また,出発の前には鶴岡八幡宮に参拝し道中の安全を祈願した.いずれも自分が仏教徒であることを証明しないが,しかし神道を奉じているとスペイン語でどう答えればいいのかよくわからなかった上,そもそも奉じていると言うこともいささか無理があるように思われた.ただ,私は信仰心の甚だ薄い人間ではあるが,思えば神頼みにすがる程度には必死ではあった.

この時,ロシアから来た一人の学生が,自分は特に信仰はないが,仏教徒になることに関心を持っている,ということを話していた.これが縁でその日のスペイン語の講義の後,彼と少し話をした.彼は仏教の思想に共感するものがあるという.彼は McKinsey のモスクワのオフィスを辞めて MBA に来たということだった.率直に言って大変なエリートなのだろうとその時は思ったが,しかしそんな彼が MBA に来て仏教徒になろうと考えているのも実に妙な話で,このことは印象に残っている.更に奇妙なことに,彼とはこの後 entrepreneurship 系のプログラムで半ば好敵手のような関係になる.ちなみに彼の奥方は大変な美人である.

長くなってしまったので, MBA の具体的な日々はまたの機会に.

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